脳性麻痺の二次障害を考える1
脳性麻痺の二次障害を考える1
~身内のいない人が入院・手術を行う場合に伴う課題~

はじめに
 いつも、私たちの機関紙を読んで頂いている皆様、このたびは、
機関紙の発行が大幅に遅れてしまいましたことを深くお詫び申し上
げます。
 機関紙で活動報告もしないで今まで何をしてきたのだ、というこ
とで以下、4月から7月のあいだ私たちがどのような活動をしてきて
いたのかご報告させていたきます。

何をしてきていたのか
 相談を通して、ずっと関わってきていた、ある脳性麻痺の方(以下:Aさん)が
いらっしゃいます。Aさんは、歩いていたのですが昨年の夏ごろからよく転倒され
るようになりました。「最近よく転ぶね」とは言いながら、転ぶのは日常茶飯事と
思っているところもあり、さほど気にしませんでした。
 しかし、日を経つごとに転ぶ回数は増え、身体も思うように動かなくなり、昨年
の12月には歩くことができなくなりました。この状況から、”これは、脳性麻痺
の二次障害※なのではないか”と考え、病院に行きました。やはり、医師からは
「二次障害だ」といわれました。そして、昨年の12月から入院をし、2度の手術
を経て現在も入院しながらリハビリに励んでおられます。

※二次障害とは
 無理な姿勢や、不随運動を繰り返しながら日常生活や労働を営む中で、
 もともとの障害が悪化したり、新たな疾患を引き起こすこと。
       ●例 頚・肩・腰などの痺れや痛み

おもな課題
 入院・手術をするということで、課題がでてきました。
 なぜなら、Aさんには身内の方がいらっしゃらないからです。
 以下、具体的課題です。

  ①入院の保証人・手術の同意人を誰がするのか。
  ②入院中のAさんの洗濯を誰がするのか。
  ③手術中の財産管理を誰がするのか。

課題に対しての対応
①について
 ●センターとしての関わり
  まず、当センターの基本姿勢として保証人・同意人は引き受けないことにしま
  した。センターとして引き受ければ問題は簡単に解決します。保証人や同意人
  は一般的に家族などの身内が引き受けることが多いでしょう。しかし、Aさん
  が”身内の方がいない”ということで悩むことは今回だけとは限りません。今
  後のことも考え、Aさん自身のつながりの中で解決する方法を考えたいと思い
  ました。
  また、手術に際しての事前説明には本人・同意人の中に入って聞いてきました
  それは、以下の考えからです。

  ・センターとして、関わると決めた以上は状況をしっかりと把握しておく必要
   性を感じたため。
  ・Aさんの状態がかなり早いスパンで変化してきていて、Aさん自身それを受
   け入れることが厳しい状態にあり、客観的に事実をとらえたことを伝え、A
   さん自身にどうするかを判断してほしいと考えたため。
    また、Aさんとの日常的な関わりはもちろん、保証人、同意人とAさんと
   の間でのさまざまな調整・手術日の待機・ケア会議の開催準備・支援者への
   近況報告などを行ってきました。

 ●保証人について
  Aさんにどうしたいのかを聞きながら、解決に向けて動き始めました。具体的
  経過は、次のとおりです。

  以前に居た児童養護施設の園長先生に頼みたい

  なぜ、Aさんが園長先生にお願いしようと思われたのかというと、Aさんが住
  んでいたアパートの保証人になって頂いていたのが園長先生ということからで
  した。私たちは、Aさんが以前に居た児童養護施設に足を運び、事情を話し保
  証人及び同意人になって頂けないかお願いしました。
  しかし、ご高齢であるということ、書類に名前は書けても何かあった時などは
  駆けつけることはできない、という理由からお断りになられました。
   この事実をAさんに伝え、再びどうしたらいいのかを考えてもらいました。
  Aさん自身、これまでの間、保証人などを必要とした時などは園長先生にお願
  いしてきたこともあり、この結果にはショックも大きかったようです。しばら
  く悩まれる期間がありましたが、次のように言われました。

  親戚に頼みたい
   Aさんからは、親戚の方のお住まいだけを聞いて、断られることを覚悟に
  ”動かないと何も解決しないよね”の気持ちでお願いに行くことにしました。
  この時には、当センターのスタッフだけでなく、Aさんの就職支援をされてい
  るコーディネーターの方も一緒にお願いに行って頂きました。やはり、断られ
  てしまいました。しかし、Aさんからはお二方聞いていたので、次にもう一方
  (以下 Bさん)のところにお願いにあがりました。結果はOKでした。みん
  なで声を張り上げて喜びました。
   しかし、AさんとBさんはこれまで20数年間の空白がありました。

 ●同意人について
  1回目の手術では、保証人・同意人ともにBさんお一人にお引き受け頂きまし
  た。2回目の手術は、生死に関わる手術ということで、術後も万が一に備えて
  の態勢を整えておく必要がありました。しかし、Bさんはそれができないとの
  ことでした。それも無理はありません。AさんとBさんの20数年間の空白の
  現状です。Bさんにとっても、急に振って沸いたような話しでとても辛い決断
  だったのではないかと思います。とはいえ、態勢は整えなければいけません。
  そのような中で、Aさんは次のような決断をされました。

  友人に頼みたい
   この決断をされたのは、5日前でした。しかし、この段階でご友人(以下 
  Cさん)には何も伝えていないので、お引き受け頂けるかも分からない状態で
  した。また、生死に関わる大きな手術の同意人になる、ということもお伝えし
  なければいけませんでした。一刻も早くお願いをしなくてはいけないのですが
  Aさんはなかなか動き出すことができませんでした。

   自分にとって、大事な存在の人だからこそ迷惑をかけたくない、というAさ
  んのCさんに対する思いやりからだったのではないかと横で見ていて痛感しま
  した。でも、すぐにでも頼まなければ手術日はすぐに迫っていました。だから
  と言って、私たちから頼むのでは意味がありません。私たちは、Aさんが動き
  出すのを待ちました。Cさんに頼みたいと決断されてから、実際にお願いされ
  たのは夜でした。
  ・・・結果はOKでした!
  ということで、最終的に同意人はBさんとCさんのお二人になっていただける
  ことになりました。位置付けは、次のとおりです。
  ・あくまでも同意人はBさんで、万が一Aさんに何かあった時にBさんと連絡
   がつかなかった場合にCさんに判断を求める
   というものです。
  しかし、ここで新たな問題が生まれます。それは

  万が一の際のAさんの意思
  Bさん・Cさんの位置付けを明確にしておかなければいけない

  ことです。BさんCさん双方にとって、自分の決断ひとつでAさんに万が一の
  ことがあったら、ということを考えると計り知れないプレッシャーです。Aさ
  ん、Bさん、Cさんが気持ちよく望むためにもAさんの意思、そしてBさん・
  Cさんの位置付けを法的効力のある文書で残しておく必要性を感じました。


 ●弁護士との関わり
  私たちのほうで、万が一の際のAさんの意思、Bさん・Cさんの位置付けにつ
  いての文書案を作成し、当センターの専門相談員として関わって頂いている弁
  護士さんに相談しました。相談をさせていただいたのは手術の3日前でした。
  時間との戦いでした。でも、弁護士さんや事務所の職員の方々は夜遅くにでも
  ご連絡をしてくださって、私たちの案に対し的確な指示をして下さいました。

  ・Bさん、Cさんの位置付けについては「確認書」の取り交わし
  ・万が一の際のAさんの意思を明確に残すものとして、死亡危急者遺言書


  一般危急時遺言(民法976条)
  疾病その他で死亡の危急に迫っている場合に認められる遺言方式です。
  作成要件について
  (1)証人(※1)3人以上の立会いをもって、その1人に遺言の趣旨を口授
     する。
  (2)口授(口がきけない人の場合は通訳人の通訳)を受けた証人がそれを筆
     記する。
  (3)口授を受けた証人が、筆記して内容を遺言者及び他の証人に読み聞かせ
     又は閲覧させる。
  (4)各証人が筆記の正確なことを承認した後、遺言書に署名し印を押す。

家庭裁判所による確認
 遺言の日から20日以内に、証人の1人又は利害関係人から家庭裁判所(※2)
に請求して、遺言の確認を得なければなりません。家庭裁判所は、遺言が遺言者の
真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを確認することができません。
(民法976条4項)

一般危急時遺言の失効
 遺言者が普通方式によって遺言をすることができるようになった時から6ヶ月間
生存するときは、無効となります。(民法983条)

 ※1 証人の要件については特にありません。今回は、Aさんのご友人と当セン
   ターのスタッフで対応しました。
 ※2 家庭裁判所は、遺言をする時点で遺言者が居住しているところの裁判所で
   行わなければいけません。今回の場合、Aさんは入院中の病院が自宅とは違
   う管轄だったため、行ったり来たりと大変でした。

 つまり、
  Aさんの自宅・・・○市
  Aさんが入院している病院・・・△市
  家庭裁判所での確認・・・△市
 ということになります。

 その後、裁判所の調査官から本人及び証人への聞き取りがあります。現在は、証
 人への聞き取りの連絡を待っている段階です。

 このような経過を経て、何とか手術当日までには一定の書類が仕上がりました。
 Aさんの手術がおわるのを待ちながら、Cさんと話しをしていた時にこんなこと
 をおっしゃられていました。
 「私は、Aからお願いされるものだと思って連絡がくるのを待っていたんだよ」
 と。

 その言葉を聞いた時に、何とも言えない気持ちになりました。
 ”大切な存在だからこそ、迷惑を掛けられないという思いやり”
 ”大切な存在だからこそ、自分でできることなら引き受けようという思いやり”
 人を思う感情、ひとつとっても、いろんなカタチがあるんだなぁ・・と。

今回は、課題①についての経過をお伝えさせていただきました。
課題②、③については次の機関誌でお伝えします。

次項は、実際に取り交わした確認書と遺言書、申立書です。
※お見せできる範囲のみでお伝えします。